大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)99号 判決

一、出発物質の違いについて

出発物質が本願発明では繊維長二〇ないし五〇ミリの綿毛から得られる綿・ガーゼなどの繊維製品であることについては争いのないところであるが、成立に争いのない甲第三号証(本願特許公報)によれば、特許請求の範囲および発明の詳細な説明欄には、繊維長について特段の数値的限定がないことが認められる。

ところで成立に争いのない甲第四号証(引用例)によると、引用例の原料として特許請求の範囲には単に繊維素と記載するだけであるが、発明の詳細なる説明欄には「一〇~三〇%程度の木精濃度の場合に最も完全な溶解性が得られる。」「三八%では最早効果は認められない。溶解性等に対する影響も同様である。」「水に対する木精の割合を五ないし三〇%とする時工業的効果があげられ」などとされ、また成立に争いのない乙第一号証(特許出願公告昭和二六年第四〇三五号公報)、同第二号証(特許出願公告昭和三五年第一八四九八号公報)、同第五号証(特許出願公告昭和三二年第七三四九号公報)、甲第一〇号証(昭和三五年六月三〇日共立出版株式会社発行版「化学大辞典2」)によれば、従来の同種目的物CMCの製造にもその糊などの使用目的上技術水準として通常水溶性が要請されてきたことが認められるので、引用例も水溶性の大きな繊維素グリコール酸ソーダ(CMC)を得ようとするものであると考えられ、したがつてそのような性質を与える繊維素からなるものであれば原料にふくまれるといえよう。

そして成立に争いのない甲第五号証(昭和三九年六月一〇日東洋経済新報社発行「増訂新版商品大辞典」)、同第九号証(昭和三〇年八月一五日丸善株式会社発行、佐藤吉彦著「最新織物整理」改訂第二版)、同第一〇号証には原告らの主張するようにパルプがその例としてあげられているけれども、同じく甲第五・九号証によればパルプ以外にもリンター(綿毛の一〇ミリ以下の短繊維のもの)を用いることが示され、また乙第二号証には綿(綿毛は通常繊維長が九ないし六三ミリ程度といえよう。)そのものを用いることが示されているので、引用例では出発物質をパルプに限定したものとはいいがたい。したがつて、本願発明との間には実施上原材料として使用する繊維素からなる物質の性質如何によつては、繊維の長短に差異を生じることがあり得るとしても、出発物質そのものとして対比した場合、本質的な相違があるとまではいいがたい。

二、目的物質の違いについて

目的物質は本願発明も引用例も繊維素グリコール酸ソーダ(CMC)からなる物質であること、本願発明ではその製品の外観・性状は繊維組織の原形を保持した綿・ガーゼなどの繊維製品であり、水洗便所などの水に触れると繊維製品の大部分は全体としては溶けないが、その一部が水に溶け、それによつて繊維の組織のからまりが適当にとけ崩れて水に分散し、かたまつたり、排出管につまることなく流出する性質すなわち水分散性をそなえていることは、いずれも争いがない。そして成立に争いのない甲第三号証(本件特許公報)によれば、本願発明の目的物質における製品としての本来の効用は、主として医療用・生理用の綿・ガーゼとして繊維の原形が保持されている点にあるのであつて、水分散性はその廃棄処理上から要請される特性といえる。

これに対し引用例の目的物質は前項認定のように従来の技術水準およびその公報の記載からみて、あくまでも水に溶解し易い繊維素グリコール酸ソーダ(CMC)そのものであつて、甲第四・一〇号証、乙第一・二・五号証を検討してみても、それ自体がそなえる性質から糊剤・安定剤など利用の範囲のひろがりと形態の多様性は認められるけれども、本願発明のそれのように、綿・ガーゼなどのような繊維製品本来の原形における効用を維持した上で水分散性を具備することを具体的に示唆しているとは認められない。したがつて、ともに化学物質の種別からするとCMCからなる物質であるという点で共通し、化学的見地からともに水に対する溶解性の度合が問題点の一つになつていることについても争いのないところであるが、単に水に対する溶解性の差があるだけのものとはいえず、目的物質としては両者間に大きな隔たりがあるものといわねばならない。

三、処理手段の違いと転用困難性について

本願発明が目的物質において引用例と著しい差異のあることは前項認定のとおりである。

またメタノール――水系溶剤の使用目的および処理手段において、本願発明は繊維素系繊維からなる物質を浸漬・廻流などの手段により繊維組織を保持する状態で反応・処理して前記のように水に分散し易い繊維製品を得るものであるのに対し、引用例は純水系におけるよりも円滑かつ高度に反応を進行させ、また反応生成物の膨潤・溶解を適度に防止して、後のメタノールによる抽出精製操作を簡易にして水に溶解し易いものを得るものであり、浸漬・廻流などによる原形保持の手段を講じていない違いがあることについては争いがない。

もつとも、一般に材料はそのままにして反応液を浸漬・廻流させる反応法自体は固液反応で適宜採用される周知手段であることについては争いがなく、また乙第一・二号証によればCMC化の反応操作としても周知のものであつたことが認められる。

ところで、前記認定事実によると、その目的物質ないし反応目的において本願発明と引用例との間に見られる最も大きな差異は水分散性であることが明らかである。またその水分散性はメタノール――水系溶剤を反応媒体としてモノクロル酢酸を作用させる際におけるセルロース分子のエーテル化の度合が一つの原因になつて生ずるものであること、また一般的にセルロース分子のエーテル化が高い程水溶性が増すことについては争いがない。

さて甲第三号証によれば、本願発明のセルロース分子のエーテル化の度合を決定する条件は、その特許請求の範囲には記載していないが、発明の詳細なる説明中の実施例に具体的に示されている。そしてこれを甲第四号証により引用例のそれと比較してみると、本願発明においては、綿またはガーゼ一〇グラムに対しモノクロル酢酸五グラム・四グラムまたは三グラムを使用し、六〇ないし八〇度Cの温度で二ないし三時間反応させているのに対して、引用例においては、パルプに対し同量または〇・八倍量のモノクロル酢酸ソーダを使用し(モノクロル酢酸ソーダをモノクロル酢酸に換算し、かつパルプ一〇グラムについていうと、モノクロル酢酸八・六グラムまたは六・九グラムを使用することになる。)、五〇度Cで五時間または四〇度Cで八時間反応させている。したがつて、本願発明では引用例に比較しエーテル化剤であるモノクロル酢酸の使用量が少なく、かつ反応条件として反応温度はやや高いものの反応時間はかなり短かいから、エーテル化反応により得られる目的物質も、そのエーテル化の度合が引用例の目的物質に比してかなり相違していること、その結果、その目的物質の性質も明かに異なつていることが認められる。そうすると、エーテル化の度合の調節において本願発明は引用例のエーテル化反応のそれとは目的意識はいうまでもなく条件において大きな差異があるといわねばならない。

ところで甲第四号証を検討すると、被告主張のように、引用例の実験例の記載から(イ)メタノール濃度の増大につれてエーテル化度は減少し、水不溶性生成物が増加する傾向があること、(ロ)メタノール濃度五〇%のときの生成物が相当不溶解物であることが認められるけれども、その水不溶解物がはたして繊維組織を保持し、かつ水分散性をそなえるものであるかどうかは明らかでない。ましてデータとして全く示されていないメタノール濃度五〇%をこえた場合に生成する水不溶解物が繊維組織を保持するかどうか、水分散性をそなえるかどうかを示唆するものは全くないといわねばならない。

したがつて、引用例と本願発明とはCMCからなる物質の製造方法として水溶解性の差にとどまり、引用例のデータから水分散性の物質、そしてまたその製造方法が示唆されるという被告の主張は理由がないことが明らかである。

結局本願発明は繊維素系繊維よりなる繊維製品を用いて従来にはない、その原形保持の目的意識のもとで、浸漬・廻流などの処理手段を加えて、引用例のそれとは異なるエーテル化反応の調節により、引用例の目的物質とは本質的に異なる水に分散し易い繊維製品を製造するという出発物質・目的物質・方法の各要素の一連の結びつきによつてその新たな目的を達するものであり、作用効果にも格別のものがあるものとしなければならない。

それ故、引用例に出発物質の化学物質としての共通性、目的物質における化学的見地からの問題点の共通性があるからといつて、またこれに浸漬・廻流等の周知の反応手段を加味しても、本願発明が被告のいうように容易に推考できるものとは考えられない。

四、結論

そうすると、前示のような事実誤認の上に立つて本願発明の進歩性を否定し、引用例から容易に推考できるものとした本件審決は違法であるから、その取消を求める原告らの本訴請求を正当として認容する。

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